【コラム】岩手県・大船渡市の仮設住宅にお邪魔してきました。

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どうも、YUMIO@久々に名古屋です。

 

今週はずっと、東日本大震災の被災地である

岩手県・大船渡市赤崎エリアを取材。

被災者の皆さんに

震災当時のインタビューをおこなってました。

 


▲東北新幹線の停車駅である盛岡から『大船渡』を目指す。

『大船渡』駅は津波で壊滅的な状況になり

まだ在来線が開通していないため、レンタカーで2時間の旅。


▲東北自動車道から国道へ。車で1時間ほど走ると、

新緑の山々が連なる美しい農村の風景が続く。

遠野、住田と山間の町を通りすぎると・・・・・・


▲美しい入り江に面した大船渡港が見えてくる。

この穏やかな海が、あの日300もの命を奪ったとは・・・

 

震災から1年2カ月。

 

現地を初めて訪れた最初の印象は、

『復興』の『復』の段階にもまだ達していないということ。

 

瓦礫は地域の一部に集められて片付けられているため

町は整然として見えるけど、

巨大なオフィスビルほどもある大きな瓦礫の山が

いくつも並んでいる様子を目の当たりにすると、

『何処から手をつけていいのやら・・・』と呆然としてしまう。

 

我々名古屋人のように、

広大な平野部に暮らしている人間には

ピンと来にくいのだが、

『東北』の各県はエリアによってまったく地形が異なる。

 

岩手県の場合は、盛岡のある『内陸部』と

大船渡のような『沿岸部』に分かれているし、

大船渡の中でも『山のひと』と『海のひと』に分かれているため、

暮らしている地域によって被災状況がまったく違っているのだ。

 

ようやく建てられた仮設住宅の隣地で、

今まで通りの住まいに今まで通り暮らしているひともいるし、

(家が残っていても浸水してしまったお宅も多い)

正直なところ、同じ岩手県内・大船渡市内・同地区内でも

あまりにも大きな格差があることにまず驚かされた。

 

・・・と、真面目な話はここまでにして。

 

ふたつめに驚かされたのは、

被災者の皆さんの底抜けな明るさだった。

 

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「お茶っこしてるから寄ってけばぁ~」

とお誘いを受けてお邪魔した仮設住宅の集会所。

 

そこでは20名ほどのお母さんたちが

ティータイム(東北弁でお茶っこ)を楽しんでいらっしゃったので、

「愛知県から来た福岡と申します」と自己紹介すると、

「愛知の福岡さんだってさ~!ややこしい~!」と

皆さん一斉にワハハと笑う。

(そこがツボか・・・笑)

 

その後も何かあるたびに

「愛知の福岡さん、愛知の福岡さん」と

笑いながら声をかけてくださって、

約1時間に渡るインタビューは

とにかく明るい笑いが絶えなかった。

 

「おらは、家は流されてしまったけど、

大事な入れ歯だけは残ったんだ!」

と、あるお母さんがガハハと話すと、

 

「うちは、ばぁちゃんが残っただけだぁ!」

と、おばあさんを助けに自宅に戻ったお母さんが

救出時の様子をドラマ仕立てで

臨場感たっぷりに話してくださる。

 

すると、別のお母さんが、

「おらは、大きなチンコのタネが

気になって気になって仕方なかったんだ~!」

とおっしゃるので、

 

「お・・・大きな、チ・・・チンコの、タネって、

・・・・・・どんなものですか?」

(まさか、そんな・・・・)

 

と恐縮しながら聞いてみると、

その場に居たお母さん方が一斉に

ゲラゲラと腹を抱えて笑い出す。

 

「あらぁ、いやだわぁ~!

チンコのタネじゃなくて、

キ・ン・コ・の・カ・ネだよぉ~!」

と、ハッキリした発音で訂正されて

ようやくその意味を理解。

 

× チンコのタネ

○ 金庫の金

 

なるほど。

東北弁はカ行が濁音化するため、

タ行に聞こえてしまうということを、

お母さんたちの明るい笑い声の中で知ることとなった訳でして。

※それにしても、我ながら恥ずかしすぎる聞き違い。

 

「チンコなんて取材報告書に書いたらダメだよ~!」

なんて冷やかされながら、仮設住宅の集会所は

まるで居酒屋のように賑やかに盛り上がっていた。

 

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実は、今回取材させていただいた方たちは

幸いなことに親族の皆さんがご無事だったとのこと。

 

家族を亡くし、まだまだ深い悲しみから

抜け出せずにいる方もたくさんいらっしゃるので、

すべての被災者の方が同じ状況ではないことは

念頭に置いておかなくてはいけないけれど、

仮設住宅で暮らしているお母さんたちは

本当にパワフルで、若々しく、

逆にわたしのほうが励まされれる結果に。

 


▲『お茶っこ』のお供に欠かせないのは、自家製の漬物。

「都会のひとに、こんなもの食べてもらうのは恥ずかしいけど

良かったら持ってって」とお土産までいただいてしまった。

この他にも、仮設住宅のご自宅で、

手作りの稲荷ずしやミツバのお味噌汁のお昼ごはんを

ご馳走になったり・・・わたし、これで良いんだろうか。

今の自分はあまりにも無力すぎる人間だ。。。

 

取材を終えて、仮設住宅を後にするとき、

お母さんたちに聞いてみた。

 

「いま何か足りないものはありませんか?」

 

すると、あるお母さんがこうおっしゃった。

 

「そだな~。

全国の皆さんからの支援のおかげで、

物もお金も充分足りてるけど・・・

いま足りないものは・・・・・・『自信』だなぁ」

 

『希望を持って明日を生きるための自信』

『自分が必要とされているという自信』

『自分が生きていていいんだという自信』

 

その自信を取り戻すために、

お母さんたちはいつも笑っているのだな。

 

ささやかな楽しみを少しずつ見つけ、蓄えて、

生きる糧にするために。

 

ずっと笑っていたお母さんが、

最後に真顔で答えてくださったその言葉を聞いて

胸に熱いものがこみあげてきた。

 

来週、第二弾取材で再び大船渡を訪れます。

 

『お茶っこ』のお供になりそうな坂角のゆかりでも、

お母さんたちに持っていこうかな・・・。

 

大船渡の皆さん、

ご協力ありがとうございました。

 

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本日の〆の一枚
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▲大船渡のお隣、陸前高田の奇跡の一本松。

被災地の状況は想像以上に辛くて

写真を撮る気すらおこらなかったけど、

一本松を見つけたときは、その力強い存在感に感激して

思わずカメラを向けました。

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