【コラム】なごや朝大学フィールドワークで、堤幸彦監督と気仙沼被災地視察!

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どうも、YUMIO@東京です。

先週末から毎年この時期恒例のひどい喉風邪にやられ
完全にダウン中。

この数日、会食等のスケジュールを変更していただいた皆様
本当にすみません!!!!!
※歳のせいなのか治りが遅くて・・・

“気仙沼滞在中に
こんなに酷くならなくてよかった~”と思いつつ、

先日の『なごや朝大学』フィールドワークにて、
堤幸彦監督と一緒に訪れた
宮城・気仙沼被災地視察の模様をレポートします。

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1日目 8:30AM
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▲岩手県花巻市のいわて花巻空港を発って
観光バスで一路、宮城県気仙沼市へ。
参加者20名と事務局9名、合計29名の旅がスタート!
片道約3時間の道中だったけど、
各自が自己紹介をするうちに気仙沼に着いちゃったからすごい!
みなさん”プロの喋り手”並みにパワフルだ・・・

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1日目 11:00AM
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▲穏やかな海が広がる気仙沼港へ到着。
気仙沼市内では3.11当日、津波被害はもちろんのこと、
石油タンクの破損による出火が原因で
火災によって命を落とした方も多かったという。
1041名の方が亡くなり、いまだ239名の方が行方不明。
穏やかすぎる海を眺めながら、合掌・・・・・・・
※右の写真は、気仙沼港の目の前にある『お魚いちば』。
レストランのメカステーキ(めかじきのステーキ)は、
観光客に人気のメニューとなっている。

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1日目 12:00PM
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▲ここから堤幸彦監督が合流!
堤監督はもともと映画ロケで気仙沼を訪れたのをきっかけに
震災直後から気仙沼の復興支援活動に参加。
ドキュメンタリードラマ『kesennuma Voices』を
復興の映像記録として今も撮影しつづけていらっしゃる。
上の写真は、撤去が決まった『共徳丸』。
“震災を物語る象徴的な存在として後世に残したい”という
地元住民の要望もあったようだが、
船主の方の強い希望により取り壊すことになったそうだ。
津波の中では、この船も『凶器』となってしまったから・・・

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1日目 14:30PM
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▲岩手・陸前高田の奇跡の一本松を視察して再び気仙沼へ。
地域指定の避難所が津波に襲われ、
93人が命を落とした杉ノ下地区の慰霊塔。
『大地が揺れたらすぐ逃げろ、より遠くへ・・・より高台へ・・・』
後世へ伝えなくてはならない力強い文字が、胸に刺さる。
慰霊碑の撮影は憚られたけど、この文字を写真に残すことに。

 
▲三陸復興国立公園の『龍の木』。
奇跡の木といえば、陸前高田の『一本松』が有名だけど、
実はこの『龍の木』も津波に抗って唯一残った松の木。
確かにこうして見ると、力強い昇り龍のように見える。

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1日目 15:30PM
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▲気仙沼災害FMのスタジオを視察。
CBCラジオ『広瀬隆のラジオでいこう』に
毎週中継を入れてくださってます。
“故郷のために・・・”と東京で脱サラして
地元へ帰ってきたというスタッフさんも!

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1日目 18:00PM
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▲気仙沼港を見渡す『気仙沼プラザホテル』で
堤監督と、気仙沼在住歌手の熊谷育美さん、
そして気仙沼の地元青年会の皆様と懇親会。
数日前に水揚げが始まったばかりという
旬のサンマの刺身など、気仙沼の海の幸が満載!!


▲堤監督、熊谷さん、気仙沼の皆さん、
そして受講生の皆さん、事務局の皆さん、
本当に貴重な機会をありがとうございました!
※この模様はCBCテレビ『イッポウ!』でも放送予定です。

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2日目 9:30AM
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▲台風18号が迫る雨模様の中、
駅舎がまるごと津波に流されてしまったという
『南気仙沼』駅を訪れたあと『リアス・アーク美術館』へ。

こちらの『リアスアーク美術館』では、
今年4月の被災後全館開館を期に
『東日本大震災の記録と津波の災害史』の常設展がスタートした。

実は、被災者の皆さんは、避難所生活で
ラジオからの情報だけを頼りにする日々が数か月続いたため、
わたしたち被災地の外の人間が連日テレビで目にしていた
『津波が引いた後の街の状況』を
目にすることがほとんどなかったのだという。

つまり、自分たちが知らないうちに、
自分たちの街が”片付けられて”いったのだ。

その状況に危機感を抱いた美術館の学芸員の皆さんが
『記録写真を残さなくては!』と
自らの足で撮影・収集した写真や被災物(※)の数々が
当時の記憶を綴る文章と共に展示されている。

この展示は、本当に素晴らしく意義あることだと思った。

“被災者の方たちがこの展示をご覧になったら
あまりにも辛いのではないか?”と一瞬心配したのだが、

学芸員の方によると
「写真の中に昔の我が家が写っていたり、
展示された被災物(※)が偶然家族の持ち物だったり・・・
そんな発見をして”嬉しかった”と
語ってくださる方が多いんです」とのこと。

辛い想いをされた被災者の方にとっても、
自分たちが暮らした街や、幸せな生活の思い出が記された
『大切な記録』なのだ。

※この展示の中では『がれき』という言葉が使われておらず
すべて『被災物』という言葉に置き換えられている。

「壊れた家屋の廃材や油まみれの家電製品であっても、
その持ち主にとっては『がれき』ではなく
『自分が愛しんだ物』=『被災物』なのです」

という、学芸員・山内さんの解説に
過去『がれき』という言葉を多用していた自分が
ものすごく恥ずかしくなった。

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あの日から2年半が過ぎたけど、
被災地を訪れるたびに、
“少しだけ進んだものの、まだほとんど進んでいない復興の状況”
を痛感して、胸が痛くなる。

本当に微力だが、
こうして定期的に被災地へ出向き、
現地の状況を発信していくこと、
そして、被災地のことをいつまでも忘れないことが
被災地の外で暮らす今のわたしたちにできる
“小さな支援”なのかな、と思う。

次回は来年の春頃行けるかしら・・・

被災地の皆さん、ずっと応援しています。

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